学生の頃、料理番組で牛すじを使っているのを観た。西日本では ありふれた食材であるが、北海道ではなじみが薄く、その頃は売っているのも あまり見かけたことなど無かった。
そもそも北海道では、あまり牛肉を食べない。北海道に限らず、肉と 言えば、東日本では豚肉、西日本では牛肉を指すことが多いらしい。 有名なところでは、肉じゃが。西日本では肉じゃがの肉は牛肉、東日本では 豚肉が使われることが多いと言う。最近は、関東以北の東日本でも、牛肉 の肉じゃがも見かけるが、西日本では、豚肉の肉じゃがは、まず見かけない(2004年現在)。 関西の人にいわせると、肉じゃがを始めとする、お惣菜に豚肉を使うのは、 貧乏臭いのだそうだ。
北海道は、県民所得が低い所為なのかどうかは知らないが、豚肉 の消費量は多い。西日本に限らず、東日本の人もびっくりするが、すき焼きや シャブシャブにも豚肉が使われることも、そう珍しくは無いくらいなのだ。 牛肉を食べるといえば、ステーキや焼肉くらいが関の山であるが、焼肉 でさえ、北海道ではジンギスカンを食べる事が多く、牛肉を食べる割合は さらに少なくなってしまう。こんな北海道なのだから、牛肉処理の副産物 である、牛すじなど、売られているのすら見かけなくても普通なのであった。
だがしかし、料理番組では牛すじの様々なメニューが紹介されており、 すじカレー、おでんのすじ、すじ煮込みなど、すじ肉で無ければ出せない、 独特な味で美味しいとの事。これは、是非とも牛すじを手に入れて、 食べてみなければ気が収まらない。
早速、自転車でスーパーを巡るが、北海道では当然のように売られておらず(1990年代初頭)、 仕方無しに個人のお肉屋さんを片っ端からあたることにした。時間は すでに夕暮れ時。どこの肉屋でもすじ肉は無い。正確に言えば、売り切れ なのだ。もともと牛肉が少なくて、副産物のすじもあまり出ないのだ そうだが、その少ないすじ肉も飲食店などに行き先が決まっており、 一般人には手に入りにくいとの事で、どうしても欲しければ、前もって 予約しておかなければならないらしかった。であるから、思い立って 夕暮れ時に、すじ肉を手に入れたいと思っても、「一昨日出なおせ!」 状態なのだ。もうあたりも電気が点き始めるほど暗くなっていたが、 ちょっとショボクレた雰囲気の精肉店をみつけ、期待もせずにトボトボと 店内に入ってみた。
すじ肉ありますか?との気の無い私の問いに、「牛の?…あるよ。」 との思いがけない返事! すっかり元気になった私は、意気揚々と牛すじ肉 を1kg買い求めた。店員さんは、奥の冷凍庫と思しき扉から大きな 塊を取り出し、機械で切って1kgにしてくれた。
何か私が思っていたのと 違う雰囲気の肉であったので、心配になって店員さんに「これは牛すじ ですか?」と訊いてみると、間違いなく牛すじであるとの事…。まぁ、 冷凍されているし、見た目が白っぽくても仕方が無いのかと納得して、 店を後にした。
店を出るとき、店員さんに「こんなの買って、ラーメンの スープでも作るの?」と言葉をかけられたのが少し引っかかったが、 「違います」とだけ答えて家に飛んで帰った。
さっそく調理にとりかかる。料理番組では、まず1時間ほど下茹で をすると紹介されていたため、私が持っていた中で一番大きな鍋に湯を 沸かす。しかし、買ってきた牛すじは、そのままでは鍋には入らない 大きさであったので、包丁で切断することにした。しかし……き、切れない。 いくら力を入れても包丁がスルリと滑ってしまい、切れないのだ。ノコギリの ようにギコギコ切ってみようとしても、骨のように硬くて、まさに刃が立たない。 牛すじとはこんなに大変なものなのか……こんな思いをしてまで調理 して食べるとは、よっぽど美味しいのだろう。とにかく、一度茹でたら 切れるようになるかも知れないと思い、グラグラと沸き立った鍋の中 に取り敢えず入る部分だけでも入れてみる。
しかし、とんでもなく部屋中が生臭い。もう、部屋の中で牛でも飼育しているかの ようであった。気を取り直して、上下を入れ替えながら15分くらいも茹でたであろうか、 色がすこし透き通ってきて切れそうに見えてきた。火傷をしそうになり ながら、どうにか鍋から肉を取り出し、包丁で切ってみた。刃がギリギリと 音を立てるくらいに硬かったのだが、なんとかようやく半分に切る事が 出来た。これでメデタク鍋の中にすっぽり収まる。
後は、これを1時間 下茹ですれば、取り敢えずは一仕事終わる。火を少し弱めて、1時間 様子を見ながら煮込む、煮込む、煮……。1時間経ったが、見た目的に どうも柔らかくなっている感じがしない。一応取り出して切ってみようと したが、まだまだ頑固な肉である。
これは凍っていたから、時間がまだ 足りないのだと、奮発してもう1時間煮込むことにした。また、火を中火 にして煮込む、煮込……。もう2時間も煮込んだ。さすがに柔らかく とろけるようになっているに違いない。…しかし、鍋の中の白い物体は デロンとしたままゴムのようであった。一応取り出してみる。包丁で 切ってみると、ギシギジ言いながらも何とか切れる状態になっていた。 はぅ。取り敢えず少し前進しているらしい。ここらで味付けをして煮込む ともっと柔らかくなるかも?と思い、煮込み風の味付けを 施し、もう1時間煮込むことにした。
もういい加減、腹も減ってきた。何せ、調理を始めてから3時間も 経過しているのだ。出来上がっているはずの牛すじ肉を取り出して、 少しかじってみた。……うすうすは感づいてはいたが…やはり硬い。 何なのだ。どういうことなのだ。これは食べものではない。最初から 食べものというよりは骨に見えていたのだが、肉屋の言う事を信じて 買ったのに。これは軟骨か何かなのだ。捨てる部分なのだ! だから、肉屋に 値段を聞いたとき、「えっと……まぁ、グラム100円くらいでいいよ」 などと訳ワカラン返事を返してよこしたのだ。それにしても、捨てる部分に 1kgで1000円もボッタクるとは、許せん!
完全に頭にきて、3時間も手間暇かけて製作したその生ゴミをゴミ箱に捨てた。 腹も減っているし泣きそうな気持ちであった。しかし、肉屋にクレームを つける勇気は無く、その店の前を通り過ぎるとき、苦々しくコソっと 店を睨みつけるので精一杯であった。
それから数年後、すじ肉のことなどすっかり忘れていたが、西日本 で暮らすようになり、スーパーへ買物に出かけた。精肉コーナーへ行くと、 牛すじと書かれたパックが置いてある。そこには、見た目、とても筋っぽい がしかし、きちんと肉の色をした肉が詰められている。値段もグラム何十円 と言った感じであった。過去の忌まわしい記憶が蘇っては来たのだが、 その見た目の肉っぽさから、これこそ私がかつて求めていた肉に違いない、 と思い、買って帰ることにした。
取り敢えず1時間下茹でしてみる。するとどうであろう、とても 柔らかくプルプルして美味しそうである。さっそく串にさして、おでんに 入れてみた。んもう、スープにはいいダシがでて、本体の肉もとても美味しいのだ。 まさに、私の求めていたものは、これであった。
後で知った事だが、牛すじ肉には大きく分けて2種類あり、ひとつは 「引きすじ」といわれる、このとろけるように美味しい肉で、もうひとつは 「アキレス」といわれるアキレス腱の部分だ。このアキレスは、下茹でに 最低4時間くらいもかかり、その後、味付けをしてさらに1時間以上 煮込んでようやく食べられるらしい。そう、過去に私が売りつけられた すじ肉は、この「アキレス」だったのである。ちなみにアキレスは、 長時間煮込むとゼラチン質が溶け出して、とても美味しく、ラーメンの スープなど取るのに使われることが多いらしい!
であるから、すじコンニャク煮込み等を作るときは、引きすじを 使用する。まずは大きな塊のまま10分くらい下茹でした後、食べやすい 大きさに切って、水にさらして置く。脂がたくさんついている場合は、 ここで取り除いておく。コンニャクは、すじ肉と同じくらい の大きさに切って、大匙2の塩をまぶしつけて15分くらい置いておく。 鍋に水と調味料を入れて沸騰させ、すじ肉と、した処理後に水で洗った コンニャクを入れ、弱火で1時間半~2時間煮込めば、牛すじとコンニャク の煮込み、すじコンの完成である。
材料1回分 | 牛ひきすじ | 500g・下茹でし、切ってから水にさらす |
コンニャク | 2丁・切ってから、塩をたくさんまぶして置く | |
調味料 | 砂糖・大匙5 みりん・50cc 醤油・100cc ダシの素・大匙半分 昆布・5cm 鷹の爪・1本 | |
作り方 | 1 | 鍋に下処理した肉と昆布・砂糖・みりんを入れ、かぶるよりは多めの水を入れて火にかける |
2 | 沸騰したら、塩を振っておいたコンニャクを洗って水気を切り、鍋に入れる | |
3 | 再び沸騰したら、残りの調味料をすべて入れて2時間くらい煮込めば完成 | |
備考 | コンニャクは塩をたくさんまぶしてしばらく置くと、水分とアクが抜けて歯ごたえある美味しいコンニャクになる 味付けは例によって、めんつゆを掛け蕎麦くらいの味に薄めて砂糖を足したものでも良い 鷹の爪は肉の臭みを取るので必ず入れる。かわりにコチュジャンなどを入れて煮込んでも美味しい |
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