以前、全国のデパートにテナントで入っている超有名なお菓子会社のティーサロンでバイトしていた事があった。喫茶店で働きたいと常々思っている私にとっては、初めての念願叶った喫茶店勤務だった。
ティーサロン営業のため、お菓子と飲み物がメインで、看板メニューのプリンやらチーズケーキ、月代わりのショートケーキなどを美しく盛り付け、ギャルソンのようなイデタチでうやうやしくお客のところへサーブすると言った風であったが、それだけでは午後のティータイム以外は商売やっていけないため、簡単な軽食などもラインナップされていた。
種類はとても少なく、パスタが数種類とサンドイッチが2種類。 その中でトーストサンドイッチが人気があり、私自身もとても好きだった。 同じデパートに入っている、これまた超有名パン屋の10枚切りの食パン4枚をトーストし、野菜の具とハムの具ではさみ、重ねて耳を落とした後、それをさらに6等分して一口サイズにする。そして大きな皿に、 マージャンを始める前の牌みたく中央が開く配置に、切り口を上にして美しくならべ、イタリアンパセリを開いている真ん中にあしらうといった手順であった。 この、6等分するというのが大変な技術を要することで、ちょっと気を 抜くとすぐにバラバラになるし、切り口がつぶれてしまう。大きさをそろえないと皿に並べたときにカッコ悪いので、切るだけでも大変なのにさらに形まで同じにすると言うのは、とても難しかった。
そこで私は、家に帰ってからもトーストサンドをカットする練習をすることにした。パンをカットする練習と言っても、具を挟まないと意味がない。切るときにネックになるのは具だからだ。野菜の具はスライストマトとホワイトアスパラにオニオンスライスといった感じだったので特に問題は無かったのだが、ハムの具をそろえるのには、ちょっとした問題があった。
具の内容は、スライスチェダーチーズの上にロースハムを一枚、 そしてピクルスのスライスを2枚である。チーズとハムは、そこいら辺で売られているのでいいとして、ピクルスがよくなかった。なぜなら、そこのサロンで使われていたピクルスは、ヨーロッパ言語が書かれている缶に入った輸入物で簡単に手に入らなかったからだ。それまで私はピクルスといえば、世界的なチェーン店の某ハンバーガーショップのものくらいしか口にしたことが無く、はっきり言って嫌いだった。しかし、そのヨーロピアンなピクルスは、甘すぎず、ハーブの香りも淡くさっぱりとしていて、 まさに名脇役といったものだった。
普通に売られているピクルスは、どれもバーガーショップと 同じ系統の味で使えない。ダメだ…。別にピクルスくらい何でもいいでしょ? カットの練習なんだから、と言われてしまいそうだが、練習後のサンドイッチは食べなければいけない。でも、美味しくないものは食べたくない。しかし、 ピクルスが無いと本番さながらのカットの練習はできない。… もうこうなったら、自分で作るしかない、という自称家庭料理研究家の鑑たるに相応しいすばらしい?結論へ……
かくして、また何やらおっぱじめたな?といわんばかりの同居人の視線を横目に、私とピクルスの戦いは始まった。まずはきゅうり。調べによるとピクルスにするきゅうりはガーキンという種類のものが使われる事が多いらしいが、サロンのピクルスは普通のきゅうりをカットしたような感じだったので、ここは迷わず一般的なきゅうりを使うことに。 きゅうりの下処理もいくつかあるらしく、さっと湯通ししたり、塩を擦りつけたり一度塩漬けしてみたり、はてまたピクルス調味液に生のまま直接ブチ込んだり…。しかし、本家本元?の北ヨーロッパでは、保存性を高めるためにきゅうりを一晩塩漬けにして水分を減らしてから漬け込むらしい。しかも、その際きゅうりの殺菌と色止めをかねて湯通しもすると言う。さっそく、このヨーロピアンセオリーを採用することに決定。
また、本家ではピクルスの調味液にも工夫があり、水を一切使わないとの事。ピクルスは甘酢漬けであるが、酢だけを使うと味がきつ過ぎて美味しくない。多くのレシピでは酢と水を混ぜて液を作るのだが、水の替わりに白ワインを使う。また、ピクルス液にいれるスパイスだが、ヨーロッパではディルが良く使われており、風味付けには無くてはならないらしい。 しかも、そのディルは生で使うとある。しかし、手に入りにくい場合は ディルの種である、ディルシードを使用しても良いとのことであるので、 やむを得ずディルシードにヨーロピアン風味の醸成をお願いすることに。
さぁ、後はピクルスを仕込むだけだ。殺菌したビンにきゅうりを詰め、 そこへピックル液を注ぎいれて密封し、最低1ヶ月くらい漬け込むのだ。 こうして漬け込んだピクルスは、蓋を開けなければ1年でも日持ちするというから、昔の人はありとあらゆる知恵を駆使して生きてきたのだな、 などと思いにふけりつつ、後は熟成されるばかりのビンをしばらく眺め 、達成感を堪能してからキッチン下の扉の中へと安置した。
こうして私とピクルスの戦いは終焉を迎え、そもそも何のためにピクルスを作ったんだったか、すっかり忘れてしまった頃に、 人知れずひっそりとピクルスは完成していたのであった。
材料1回分 | きゅうり | 大きめ10本位・幅5cmくらいにカット |
調味料 | おいしい塩・結構たくさん 砂糖・120g 醸造酢・600ml 白ワイン・300ml | |
スパイス | ディルシード(ウィードでも可)・大匙1 ちぎったローリエ・3枚 種を取った鷹の爪・3つ 砕いた粒黒胡椒・適当に ニンニク・生姜・セージ・タイムそれぞれ少々 | |
作り方 | 1 | きゅうりを洗って幅5cmくらい(適当に)にカットして総重量を測る |
2 | きゅうりがかぶる位の5%食塩水にきゅうりの重量の5%の塩をいれて沸騰させる | |
3 | 沸騰したら火を止め、中にきゅうりを全部いれて、浮き上がらないように皿などをかぶせて蓋をし、そのまま一晩塩漬けする | |
4 | 材料のうち、きゅうり以外の全部と大匙2杯の塩をステンレスの鍋に入れて沸騰直前まで火にかけてピックル液を作る | |
5 | 塩漬けしたきゅうりの水分をよく拭き取って殺菌したビンにギュウギュウに詰める | |
6 | 温めたピックル液が熱いうちに、きゅうりが空気に触れないように口いっぱいまでビンに注ぎいれて蓋をきっちり閉める |
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